2025年には映画『35年目のラブレター』で主人公(笑福亭鶴瓶)の妻を演じて話題となった原田知世。『時をかける少女』(1983年)で映画初主演した彼女は俳優業と並行してシンガーとしても着実な歩みを続けてきたアーティストだ。アイドル時代から松任谷由実や大貫妙子といった作家陣にも恵まれ多彩な作品を残してきた原田は、1990年代には鈴木慶一やトーレ・ヨハンソンとの出会いを経てオリジナリティーを増してきた印象がある。そして、2007年の『music & me』以降のアルバムでプロデューサーを務めているのが伊藤ゴローで、この邂逅が原田の音楽をさらなる高みへ導いたのは間違いないだろう。通算23枚目の本作『アネモネ』は2024年リリースの『カリン』と対をなすミニ・アルバムで、前作同様6曲を収録する。冬をテーマとした前作に続く本作で描くのは、甘くて苦い夏の諸相……。
「Driving Summer」は伊藤のエレクトリック・ギターが駆け抜けてゆくドリーミーな余韻を伴うリード・トラック。元チャットモンチーのドラマーで作詞家の高橋久美子による歌詞も素晴らしく、〈美しい薔薇のトゲ〉が〈刺さったまんまの〉すべてのリスナーにとって新たな夏の定番ソングになりそうだ。「頬に風」は高野寛の作詞/作曲による疾走感のあるナンバー。サウンドの手触りは、2024年に高野がリリースした『Modern Vintage Future』でみせたエレクトロニカと重なる。
シンガーの土岐麻子が紡いだ翳りのある言葉が伊藤の曲で浮遊する「私を隠す森」。深い森を分け入るようでいて、どこかブラジル音楽に通じる涼やかさも感じさせる不思議なテイスト。シングル「ヴァイオレット」(2021年)や前作『カリン』にも参加している川谷絵音が作詞/作曲した「阿修羅のように」は軽快なポップ・チューン。精緻なコーラス・ワークや大胆なミックスが心地いい。
気の合う2人の軽やかな足音か、夏の日の雨音か。能町みね子:作詞/伊藤ゴロー:作曲の「pitter patter」はシンプルな構成ながら聴くたびに深い味わいをもたらす快作で、この世界観に原田の声質はぴったりだ。作詞はクラムボンの原田郁子、作曲は伊藤ゴローという組み合わせの「いつもの坂道」も、去来する夏の記憶を編んだ映像が思い浮かぶような佇まい。
原田がこれまでの長いキャリアで培ったボーカリストとしての表現力がさり気なく光る本作は、全編を通じてハイ・コントラストな季節を描きつつ、ひんやりとした寂寥感が漂う。暑苦しい凡百の“夏アルバム”とは一線を画す、懐にそっとしまっておきたい1枚だ。
Tracklist:
- Driving Summer
- 頬に風
- 私を隠す森
- 阿修羅のように
- pitter patter
- いつもの坂道
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